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英国EU離脱とテロリズム~トミー・メイアは、第二の安重根になるか?~

今日の昼、英国の国民投票の結果が出、EU在留派が48%、離脱派が52%となって、離脱派が勝利した。
これによる日経平均の大幅な下落も含め、twitterのトレンドトップ10のうち9つがこの脱退に関するものになる等、このことは日本でも大きな話題となっている。
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(本日15時13分時点でのトレンド。6位のBrexitとは、「Britain」と「Exist」を合わせた造語である。)

では、これだけ話題になっているEU離脱問題に対して、今月16日に起きた残留派議員殺害事件についても言及している人間が、果たしてどれだけいるだろうか。
後々見返す時のため、その事件の概要を記しておこう。
News iの、この事件を扱っている記事(http://news.tbs.co.jp/sp/newseye/tbs_newseye2799971.html)から要約しつつ引用して説明するなら、この事件は、「EU残留派として活動していた英国労働党のジョー・コックス下院議員が、『ブリテン・ファースト』(EU離脱派支持者のスローガン)と叫んだトミー・メイア容疑者により殺害された」という事件である。

もちろん、この事件が国民投票の結果にどのような影響を与えたのかは、神のみぞ知ることである。
同情票やテロリズムへの対抗票が入ったのに残留派が負けたととることも、残留派の動きを止めたからこそ離脱派が勝ったととることも出来るだろう。
そもそも、離脱派のほとんどは当然テロを支持しておらず、関係があると言われることを侮辱ととる人もいるだろう。
しかし、どちらにせよ、「離脱派の一人が残留派の一人を殺害し、その後離脱派が勝った」ということは、事実である。

さて、この事件を見て、自称歴史家である私は、安重根の事件を思い出した。
1909年、前韓国統監の伊藤博文を殺害した、あの安重根である。
彼は日本目線では完全なるテロリストであるが、韓国では日本に対抗した英雄、義士として、記念館や石碑が造られ、記念式典が行われる程人気である。

では、今回の事件を受け、トミー・メイア記念館は建つだろうか?

結論を急ぐ前に、安重根とトミー・メイアの違いを挙げておこう。
安重根の場合、彼の暗殺によって韓国併合が止まることはなく、ドナルド・キーン等一部の学者は、むしろそれによって韓国併合が進んだとまで評している。
これも、歴史にifがないために確かめようがないことだが、「彼の暗殺が韓国併合反対派に勝利をもたらした」ということがなかったのは、その後の歴史を見れば明らかだ。
対して、トミー・メイアにおいては、因果関係は分からないものの、その後彼の側が勝利している。
そうなると、彼のことを、離脱派を勝利に導いた英雄だと考える者が現れる可能性は、十分に考えられる。

では、今回の事件を受け、トミー・メイア記念館は建つだろうか?

これだけ煽っておいて恐縮だが、私は建たないと考えている。
第一に時代や事情が違いすぎるし、今彼が「ちゃんと」犯罪者として扱われていることからも、その可能性は低いだろうと思える。
しかし、そういった国家クラスの尊敬はないであろうが、同時に、彼の名が歴史に残りうることは、十分に有り得るとして憂慮している。

何度も書くが、彼の事件は、恣意的に見れば「テロによって政治的対立に勝利した事件」ととることが出来る。
このことが、他のテロの心理的動機となり、彼に続こうとテロに走る者が現れることを、私は恐れているのだ。
そうなれば、そのテロによって対立の均衡がどちらに転ぶかなどは、もはやどうでもいい。
例え百の失敗した事例があろうとも、一つでも成功した例があるのならそれに賭けるのが、追い詰められた者の心理だからだ。

今回の国民投票、あくまで交渉材料に使うだけで、実際に離脱はしないのではないかという見方も、一部ではされている。
だから、まだ悲観するべき時でないと言うのだ。
しかし、私は、(もちろん離脱派はテロを容認していないが、)テロをした側である離脱派が勝利したという事例が出来てしまった時点で、十分に最悪の事態と言えるのではないかと思うのである。